写真を追求していると、必ずぶつかる壁とその乗り越え方


世の中にはレンズ沼という言葉があります。
中々厳しい症状らしいのですが、本人はその状態を楽しんでいるフシがあるので、それはそれで良かったりします。

そして実は写真沼なんてのもございます。
こっちはレンズ沼と違って非常に苦痛を伴うもので、人によってはそれが原因でクスリに手を出した方もいらっしゃるくらいです。

写真を始めた最初の頃に大きな分岐点が存在し、片方はカメラやレンズ等の機材系に走る人。
もう片方は写真そのものを追求する人に分かれていきます。

機材系に走る人はレンズ沼等にはまる人がいて、写真に走った人は写真沼にはまる人がいるという具合です。

そして写真を追求して、しばらく経つと非常に大きな壁が立ちはだかります。

この壁はかなりキツく時には自分の内面をえぐられる事もあります。

僕自身が2年程前にその壁にぶつかり、本当にキツい思いをしたので、今回は体験談と共に壁の正体と乗り越え方みたいなものをお話したいと思います。


写真の事しか考えていなかった日々

僕は京都のブログを始めたのがきっかけで写真の世界に入りました。
ブログの内容は観光スポットの案内がほとんどですから、ある程度丁寧に撮れるようになりたいという理由からです。

色々と勉強していくうちにどっぷりとハマってしまって、一時は何かに憑りつかれたかのように頭の中は写真の事でいっぱいでした。

「いかに上手く撮るか?」が命題になり、この頃は完全に上手い写真至上主義みたいな状態になっていました。(そして少し傲慢になっていたような気がします)


ある日突然、何も感じなくなった…

そういうスタイルで写真を撮り続けていたある日、異変が起こりました。
どんな写真を撮っても、何も感じなくなったのです。

どれだけ上手い風に撮っても何の意味も感じられなくなり、いわゆるスランプに入る事になります。

この時期にやった事といえば、とにかくもがきまくったという事で、普段使わない画角のレンズを使ってみたり、この時に森山大道さんの存在を知ったのですが、ひたすら真似してみたりもしました。

しかし、一向にスランプから抜け出す事が出来ず、非常にキツい時期が1年以上も続く事になります。


スランプの正体は「上手く撮る=正しい」という通念への疑い

今もある意味でスランプは続いているのかもしれません。

しかし今は以前と違ってこのスランプの正体が解ってきたような気がします。

我々は写真を始めた頃は上手く撮りたいと思い、何の疑いもなくネットで調べたり本を読んで上達しようと試みます。

ここでいう上手いというのは色んな意味での「端正」という意味で、教科書通りの「お上手な写真」の事を指します。

この段階で上手く撮る事が正しい事だという通念が増幅されてしまい、逆もしかりで下手に撮る事は恥ずかしいという裏のメッセージも同時に叩き込まれる事になります。

そして写真を追求してくうちに、やがてそんな通念に疑いを持つようになってきます。

何故疑いを持つのかと言いますと「上手く撮る=正しい」という通念は、そもそも何の実態もなく正解ではないという事を無意識に気付いているからです。

写真を見るの「見る」は「観る」とも読み、それすなわち観念の事で、見る側のありとあらゆる先入観で写真を判断しているに過ぎず、全ての写真は同じ価値を持っているというのが究極の所になります。

しかし多くの人が綺麗だと感じるものが存在するのも確かです。
だから「通念」という言葉を選びました。

通念:一般に共通した考え。

そんな通念を疑うというのは写真を追求した人だけが入り込める境地で、圧倒的に少数派ですから他者の承認を得られる事が難しく、また自分の中で確立するにも時間を要するので、それまでは結構ブレやすいという訳です。(言わば黄金比に逆らう訳ですから無理もありません。。)


壁の乗り越え方

ではどのようにして、この壁を乗り越えれば良いでしょう。
自分の中で確固たるものを確立するには時間が掛かるのが大前提になります。

まず、これまでの話で壁の正体は通念だという事が解りました。
通念を通念と見抜いただけでも、だいぶ冷静に対処できる様になると思います。

そして次に「人に見せない前提で写真を撮る」という事をおススメしています。
人に見せない前提なので、嫌でも本当に撮りたいものしか撮る事が出来ません。

となると通念がそもそも存在しなくなるので、すごくバランスを取り戻す事ができます。

これは↓の記事に詳しく書いているので、ぜひ読んでみてください。
SNSに疲れたあなたに送る、SNS以外の写真の楽しみ方
今の時代は「写真を撮る」と「SNSに投稿する」がほぼセットになっていると言っても過言ではありません。 確かにSNSは手っ取り早く自分の写真を見てもらえる事ができ、反応も早いのでかなりのモチベーションになるというのは間違いあ...
存在根拠を他人の評価に委ねないので、自分の中の軸を太くする事が出来ます。
そうして小さな確信を重ねていく事で、やがては確固たるものが出来上がっていきます。


最後に そこから解放されたら自分の写真が始まる

書くいう僕自身も確固たるものが出来上がるまでには至ってませんが、以前よりかはかなり近づく事が出来ています。

そして解ってきた事は僕はやっぱり上手いというか、丁寧に撮った写真が好きだという事が解りました。
しかし以前のように通念に流されるがままなのではなく、自分の意志で選択したものなので、同じ写真でも意味合いが全然違ってきます。

そしてそこから解放された時は本当の意味での自分の写真が始まる事でしょう。




初めてのフィルムカメラガイド


「初めてのフィルムカメラガイド」というページを作りました。 カメラの選び方や最初につまずくポイント、そして日本に流通しているレギュラー的なフィルム全ての作例を載せていますので是非ご覧ください。

>初めてのフィルムガイドのページに行く




SNSに疲れたあなたに送る、SNS以外の写真の楽しみ方


この楽しみ方はSNSとは何もかもが真逆なので、心のバランスを取り戻す事ができます。お疲れの方は是非試してみてください。

>SNS以外の写真を楽しんでみる
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