カメラ界でよく見る対立構図


一言で「写真を撮っている人」と言っても色んなタイプの人間がいるもので、撮影スタイルもその人のスタイルやこだわりが数多く存在し、時にはそれがプライドや哲学にまで昇華される場合もあります。

いろんなタイプの人間がいるカメラ界ですから、時にはその撮影スタイルを巡って大ゲンカになる事もたくさんあります。

そこで今回は「カメラ界イデオロギー闘争」と題して、カメラの世界によくある対立構図をご紹介していきます。

今はSNSの台頭で個人間のやり取りが簡単に出来る時代ですから、最近カメラを始められた方はこれを参考にして闘争に巻き込まれないように注意しましょう。


1.ズームレンズVS単焦点レンズ

カメラ界のイデオロギー闘争の中で一番代表的な闘争になり、恐らくこれはズームレンズが生まれた大昔から続いているものと思われます。

面白いのは、単焦点レンズ派の方はとにかく「いかにズームがダメか?」と言ったレンズそのものを罵倒するのに対し、ズームレンズ派の方は「そこまで単焦点にこだわる意味が解らない。宗教か?」という具合で単焦点レンズそのものよりも単焦点レンズを使っている人を罵倒するという特徴が見られる点です。

僕も単焦点ユーザーですからその気持ちは本当によく解ります。
単焦点レンズは妙にカリスマ性があり、本来の目的である、

・明るい
・画質が良い(らしい)
 に付け加えてプラスα、

・写真が上達する(半分正解で半分ハズレ)

という事以上の何かが宿っていて、それが単焦点に魅了される要因となっています。


原因は恐らく「目的」の違い

自分なりに原因を考えてみたのですが、これは恐らく写真撮影に対する「目的」が違うというのが根本にあるのだと思われます。

ズームレンズ派の方の目的は「良い写真を撮る事」、一方で単焦点レンズ派の方は「”技”を披露する事」が写真を撮る根本のエネルギーになっているのだと思います。

ズームレンズ派の方は感動する被写体やロケーションがあり、それを表現する手段としてカメラを選んだ。
例えば飛行機が好きで、一日中飛行機を見ていても飽きない。この感動を何とかして表現したいという思いが先に来ているという具合です。

別の例では歴史が好きで日本の原風景を辿っていきたい。それを映像や写真で表現したいという思いからカメラと携わっている等です。

単焦点レンズ派の場合はレンズの向こう側よりも先に表現者としての姿勢とか美学みたいなものがあり、それに沿って写真と向き合っていくという具合で、いわば「写真道」という道を歩んでいる感覚なんだと思います。

そういう方にとっての写真とは自分の写真道に対する表明であり、それを披露するのがその方の作品なんだと思います。

もちろんこれらは極論です。
「明るさ」「画質」という純粋なスペックを追求した結果、単焦点を選んだ人もおられるでしょうし、僕みたいに単に意地になっている等の「心の弱さ」からきている場合も多々あると思います。

そして単純に区切れる話でもありません。
最初は撮りたいものが明確にあったが、カメラに携わっていくうちに写真道を歩みだした方もいれば、その逆もあり得るでしょう。


2.オートVSマニュアル

昔、カメラブログを書いている有名な方がツイッターでマニュアル至上主義者の事をもの凄く罵倒していたのが凄く印象的でした。


具体的には「フォーカス」と「露出」の2つがあり、「オートフォーカスVSマニュアルフォーカス」「絞り優先orシャッタースピード優先VSマニュアル露出」の事です。

実は僕はフォーカス・露出共にマニュアルに固執していたタイプで、最近ようやくオートフォーカスも使うようになり、今は使い分けています。

例えば手前から奥まで全てにピントを合わせたい時や、ピントを合わせたい被写体の手前がゴチャゴチャっとしていて、オートだと手前に引っ掛かってしまう時等はマニュアルフォーカスの方がピントを合わせやすいですし、逆にスナップ写真や動かないものを撮る時等はわざわざマニュアルフォーカスにする必要も無いのでオートフォーカスで撮っています。

露出に関してはミラーレスで撮っているので、マニュアル露出でも優先モードでもあまり変わりません。
しかも使っているメーカーが富士フィルムなので、絞りやシャッタースピードは外に付いているので余計に使いやすかったりします。

それはさておき、マニュアルに固執していた僕ですから、あえてマニュアルで撮っている人の気持ちも凄く解ります。
根本的にはズームVS単焦点と同じ理由です。

そしてマニュアルしか無かったフィルム時代から撮られている方は、それが体に染み込んでいるのでオートよりもやりやすいという方もおられます。


3.昔からフィルムで撮っている人VS「#フィルムに恋してる」人

これはツイッターをやっていた時に発見したのですが、ツイッターの「#フィルムに恋してる」というハッシュタグを見てみてください。

たまに最近フィルムを使い始めた若いフィルムファンに対して腹の立つツイートをしています。
そして腹の立つツイートをした人のページを見ると昔からフィルムで撮っていて、知識もあり、写真も上手な方が多いです。

僕もフィルムは最近始めたばかりなので、昔からフィルムで撮っている人の気持ちは解りませんが、そういう方はむしろ今のフィルムファンや僕にその知識を教えて欲しいです。


4.インスタ映えVSその風潮が嫌いな人

最近では「インスタ映え」という言葉自体が下火になってきた感がありますが、これは結構象徴的な現象でした。

旅行にしても観光を楽しむために行くのではなく、インスタ映えする写真を撮る為に旅行に行くという逆転現象が起こり、「京都」というカテゴリーの記事を書いている僕も思い当たるフシがあります。

インスタ映えの問題点はインスタ映えする写真を撮るために、迷惑行為をかえりみない方が多数現れたというのがありますが、今回は別の視点からお話したいと思います。

インスタ映えという言葉が流行り、「インスタ映えするかどうか?」が物事の基準になってしまったという風潮が出来上がりました。

そして誰もがインスタ映えと叫んでる中、その風潮に嫌悪感を示す方も出てきました。(「インスタ蠅」と揶揄する方もいました)

僕が気になるのはインスタ映えが好きな人より、そのインスタ映えの風潮に特別な嫌悪感を示す存在の方です。

鼻に付く事もあるでしょうし、さっき言ったように問題点もありますから目に余る事もあるでしょう。

しかしそれらを遥かに超えた嫌悪感を持っているのなら、自分に何か問題が無いかを問うてみる必要があるかもしれません。

嫌ならスルーすれば良いだけですし、フォローしている人にインスタ映え好きな人がいるのならフォローを解除すれば良いだけの話です。

しかしそれが出来ないのは自分の本当の気持ちを抑圧している可能性があります。

自分の心の端っこにその本当の気持ちを追いやり、あたかもそれが無いかの様に振る舞ってはいるのですが、端っこに追いやったとしてもそれが無くなった訳ではありませんから、その本当の気持ちを何の気なしに表現している人を見ると追いやられた本当の気持ちがその人に投影されて、強烈な嫌悪感を持つようになるという心の仕組みがあります。

これは追いやられた本当の気持ちが「頼むからこの気持に気付いてくれ」とメッセージを発しているサインですので、自分の心と向き合う時期が来ているのかもしれません。

この「本当の気持ち」というのは人それぞれですが、インスタ映えに象徴される「承認欲求」辺りに何かあるのかもしれません。(もしくは承認欲求に善悪の判断をしているとか)


5.カメラ好きVS写真好き

これは表面立って対立している訳ではありませんが、本当に話が噛み合わないです。

片方にとって一番重要な事が、もう片方にとっては一番余計な事という、真右と真左くらいの位置関係にあると言っても過言ではありません。

カメラ好きの方はカメラというメカそのものに興味があり、写真にはあまり興味が無いという方が多いです。(以前カメラ愛好家と思われる方が、自身のブログで「僕は写真には興味がない」とはっきりと公言していました。)

逆に写真好きの方は興味の対象は写真であって、カメラは最低限のものしか持たないという方が多いです。(カメラの知識もほぼ無く、必要な事だけを覚えていくという感じです)

僕自身が写真寄りの人間なので、カメラ好きの方の心理を理解するまでに苦労したのですが、「良い写真を撮りたい」とか「上達したい」という願望がほとんど無いという事には本当に驚きました。(むしろそれは一番余計な事)

ここで言う「良い写真」とは、自分基準で「いいなぁ」と思える写真の事です。
何分でも何時間でも眺めていられるような一枚の事です。

昔よく見ていたカメラのブログがあったのですが、その方は大のカメラ好きで、その心理が解った時にそのブログはあまり読まなくなりました。

根本的に考え方が違いすぎて、ついて行けなくなりました。(ただ、カメラやレンズは最低限しか持たない僕ですが、フィルムは好きです。)


まとめ 過激派が闘争を生む

自分に何かこだわりがあり、そのスタイルを貫いているのなら全然構わないのですが、それをいよいよ人に強要したり、排他的になってしまうと争いの火種が生まれてしまいます。

人は違っていて当たり前。

これをデフォルトにしておくと不毛な争いは避けられると思います。
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